掛川城といえば、現在NHK大河ドラマ「功名が辻」の主役の山内一豊の居城であったことも有名である。山内一豊は尾張岩倉の出身といわれているが、この掛川城から、土佐24万石への加増については、関が原の戦功があった。この戦功というのは、下野小山(現:栃木県小山市)の会議での発言であったといわれている。徳川家康が、会津の上杉征伐の途上石田三成の大阪での挙兵の報がはいり、そのとってかえす折、掛川城を家康に差し出したとされる。このあたりの事情は、これからのドラマのピークになると思われる。この関が原の戦いをテーマにした司馬遼太郎の小説「関が原」にもくわしい。随分前に放映されたTBS開局三十周年記念「関が原」という番組も見た記憶がありますが、これもおもしろかったですね。豊臣秀吉の死後諸大名の身の振り方が実によくわかるようにえがかれていて、興味に尽きないものがあります。


掛川城
郭とその政務をつかさどる御殿ものこっており、全国的にも珍しい。
掛川城
掛川五万石 山内一豊の居城 関が原の戦功で土佐24万石に加増
幕末には、山内容堂がでて土佐藩は明治維新に大きな役目を果たした。
掛川城御殿
大手門